情報誌

2 月号/ 2011

インタビュー「神里雄大さん」

11.02.03

街などない 神里雄大さん

演出家・作家

神里 雄大 氏


KAMISATO YUDAI

プロフィール

1982年ペルー共和国リマ市生まれ

早稲田大学第一文学部卒業

2003年「岡崎藝術座」を結成

2006年『しっぽをつかまれた欲望』(作:パブロ=ピカソ)が利賀演出家コンクール最優秀演出家賞受賞

2009年『ヘアカットさん』が第54回岸田國士戯曲賞最終候補作品ノミネート

2009年より白神ももこ(振付家・ダンサー)と、新ユニット「鰰[hatahata]」を結成し「岡崎藝術座」と平行して活動している。

ペルー出身川崎育ちの神里による演出作品は、ラテンアメリカを思わせるダイナミックかつフランクな言葉づかい”身体づかい”と、ニュータウンの神経質を彷彿とさせる繊細さとが混ざり合い、独特なバランスを醸し出している。




◆岡崎藝術座HP



(イベント情報)

坂あがりスカラシップ2010対象公演

岡崎藝術座『街などない』

日時:2011年2月13日~2月20日

13(日):15時、14(月):19時30分、15(火):19時30分、16(水):15時・19時30 分、17(木):19時30分、18(金):19時30分※英語字幕つき、19(土):19時30分※日本語字幕つき、20(日):15時

会場:のげシャーレ(横浜にぎわい座B2)

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街などない





鳥の劇場2010年度プログラム<招くプログラム>鳥取の鳥の劇場で12日間じっくり作品をみがいて、鳥取の観客に作品をみせたい劇団による上演(仮)

『ヘアカットさん』

作・演出 神里雄大

日時:2011年3月5日(土)・6日(日) ※開演時間未定

会場:鳥の劇場(鳥取県)

出演:内田慈 酒井和哉 武谷公雄 坊薗初菜 鷲尾英彰

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出る杭は打つけど、出てない杭は引っ張れない

神里さんは、フリーの方や他の劇団の俳優さんをキャストに迎えて作品をつくられますが、そうすることで大変なこと、良いところをそれぞれ教えてください。

大変なことというか「良くないなぁ」と思っていることなんですけど、何回か出ている方とそうでない方とでは、その現場に対する免疫というか、慣れ具合が全然違うんですね。毎度毎度、僕がどういう人で、どういう雰囲気で、演劇がどういうふうに作られているのか、というところから始めなきゃいけない。固定メンバーだったら、それは必要ないんですね。
例えば、僕はよく俳優に「適当にやって」と言うんですけど、「適当」の伝わり方が全然違って、たださぼるだけの人と、自分なりにやる人と二通り出てきてしまうんですね。「適当にやって」と言われて適当にやってたら、僕に「何やってんだ?」って怒られて「え?」ということになったり。そういうこともあって、いちから場を作っていかなければならないっていうのが大変だし、まずはデメリットかなと。たまにそういうやり方についてこられなくて、ふさぎこんでしまったりするんですね。
神里さんのやり方がわかっている方と、そうでない人との差は大きいですね。
僕は、言わないとやらないっていう人は好きじゃなくて、勝手にやる人が好きなんですね。「出る杭は打つけど、出てない杭は引っ張れない」ってことをよく言うんです。出ている杭には「ちょっとやめて」って言えるんです。でも、言わないとやらない人は出ない杭なので。何をやっているかわからない。出ない人をどうすればいいかが一番難しいと感じています。
俳優さんも色々な方がいらっしゃいますしね。
「演出家や作家のやりたい世界の一部を担いたい…」と思っている俳優もわりと多いと思うので、そういう人が苦手です。僕は、「こういうふうに動いて欲しい」とか「こんな感じでいて欲しい」と言うよりは、俳優から出てきたものに対して、ジャッジをしていく感じですね。自分から積極的にアピールしてくるような人じゃないと、きついかも知れないですね。
良いところは?
良いところは、なあなあの関係にならないというところですね。これは僕の勝手な意見なんですけど、例えば、就活中の人の面接の話を聞くと、テレビ会社にはテレビがすごく好きな人しか入れないということらしいんです。でも、それは変だなと思ったんです。テレビが嫌いな人が反対意見を持って、バチバチやるほうがいいなと思うんですね。それと同じように、岡崎藝術座の作品が好きな人だけで集まっちゃうのは気持ちの悪いことだし、なあなあの関係で回ってしまうと、伸びしろが少なくなってしまうような気がするんです。なので、全然関係ない、どうなるかわからない、という人が来たほうがスリリングというか、現場がどうなるかわからない感じがあると思います。それは本当にその人次第というところですが。
いい意味で化学反応がおこる可能性を秘めているということですよね。
そうですね。「この人、どうしようもないなぁ」という人でも、化けることもあるので。最近出てもらっている人も、毎回、毎回、違うことができる人で、こんなことも持っているのか…というのを見せてくれる人なんです。

ラーメンですね。


2年続けてスカラシップの対象者となって、変わられたことはありますか?
まずは、昨年度から環境がそろってきたというか、それまで、環境がそろっていなかったというのが問題なんですけど、スタッフの面でも揃ってきて、僕と一緒にやりたいという人たちが集まってきてくれているので、すごくやりやすくなりました。あとは…自分が何もしていないということに気が付きました。それから、物事を広く見ようという意識がより強まった…そんな感じですかね。
神里さんの演劇を食べものに例えると?
ラーメンですね。
何系ですか?
しょうゆラーメン。
あっさり系ですか?
あっさり系じゃないと思いますね。思うにラーメンって2種類あって、1つは食材にこだわって作るラーメン、もうひとつはよくわからない食材を寄せ集めて作ったら、なぜだかよくわからないけどうまくなるラーメン。僕のは後者のほうかな。それがラーメンの真髄だと思っています。
厳選された材料で作る…というわけではないということですね。
実はそういうのも好きなんですけどね。でも、テンションが上がるというかエキサイティングなのは、よくわからない食材を寄せ集めて作るほうだと思うんです。そのうまさは、食材から出ることもあるし、調理方法によって偶然生み出されるものもあります。しかし、僕がうまいと思うラーメンを食べて、みんながみんなうまいと言うかといえば、そうとは限らないでしょうね。「なんだこれは?」と文句のひとつも言いたくなる人もいるでしょう。でも、僕はその人に「それなら食べないでくれ」とは言いません。むしろそういう人たちに囲まれていたいと思っているんです。
「そういう人たちに囲まれていたい」とは?
何ていうんですかね、変な意味で間口を広げて見やすくするっていうのが、演劇的に見やすいっていうのとは違うと思うので。演劇的な見やすさ自体を追求してもいいんですけど、いわゆる見やすいっていう、まかり通っているようなことをやる気はないです。

『魚の小骨みたいなもの』になればいいなと思っているんです。


昔と比べて、客層が変ってきたということはありますか?
客層はあんまり変わっていないです。30~50代くらいがけっこう多い気がします。僕は中高生の若い連中も、ちょっとひやかしに来るようになるといいなと思っているんです。そして、観終わったあとに「なんか、わけがわからなかったよなー」って思いながら帰っていく。でもそれが『魚の小骨みたいなもの』になればいいなと思っているんです。
他にも演劇をたくさんご覧になっている人が見に来られるという感じでしょうか?
それもあるでしょうし、数ある中のひとつとして見ておいたほうがいいかな…という気持ちで、見ていただいてもありがたいんですけど、そういう人たちにも衝撃を与えようとすると、ほんとうに「びっくり大会」のようになってしまうんですね。そうじゃなくて、本当にそんなこと考えもしなかったというか、思いもしなかったけど、すごく生々しいものに取り付かれちゃった…って、そんな人をどんどん増やしたいなって思うんです。『演劇なんて見ようなんて思ったことがない』っいう人にこそ見せたいですね。
神里さんが演出をされる時や、ストーリーを考えるとき、アイデアはパッと浮かぶほうですか、それともじっくり考えるほうですか?
何もしない時期がすごく長いです。企画はどんどん思いつくんですけど、いざやろうとか、台本を書こうとすると、1ヶ月くらいぼーっとしてから、書くときには3日くらいで書いてしまうんです。でも、その1ヶ月がないと書けないんですね。
蓄積して、アウトプットという感じなのでしょうか?
たぶん…。あと、強制的に書かなければならないときになれば書きますけど。締切りや本番があるので…。

見て『面白かった』じゃなくて『面白かったのか?』って


2月13日~20日の「坂あがりシップ」の対象公演について教えてください。作品のタイトルはもう決まっていますか?
「街などない」というタイトルでいこうと思っています。
どんなストーリーですか?
土地をめぐって、争いをしている4人の女性の話です。ゲーム性をもたせようかなと思っています。今回は、ドラゴンクエストのイメージがあって…。ドラゴンクエストのゲームでは、街があって、そして草原や城があるじゃないですか。あれは日本で生まれた作品ですよね。すごく不思議だなと思っているんです。日本の都心はどこまで行っても全部同じに見える。例えば、東京と川崎も多摩川があるから、ここからが川崎とか、ここからは東京というのが何とか分かるんですけど、何もなかったらわからない。ドラゴンクエストのこのポツンとした感じは何だろうって思ったんです。
そんな中で「街を分ける」と言うことに興味を持ったんです。例えば、黄金町で降りたときの雰囲気と、横浜駅で降りたときの雰囲気は全然違いますよね。その「雰囲気」ってどこで変わるんだろうって思うんです。僕は以前、アメリカのすごい田舎に住んでいたことがあるんですけど、そこがまるでドラゴンクエストの世界だったんです。ハイウェイを走ると、しばらくずっと何もなくて、街があって、街を通り過ぎるとまた何もなくて、しばらく行くとまた街が出てきて…。北海道とかに行けばあると思うんですけど、それが都会にはあまりないんじゃないかなって思うんです。そんなんで「街などない」と。あらすじを全部言っちゃった…。
「街などない」にはどのような思いが込められているのでしょうか?
みんなにもうちょっと疑いの目を持って欲しい、というか、物事に対して疑問を持つといいなと思っています。例えば、住んでいる街や、土地と自分の関係に関して疑問をもつとか。僕は『他者と自分の違いは何だろう』『どこまでが自分なのか?』ということを、自分のテーマとしてやっているので、そういうことを考えるきっかけになるといいかなと。それから、僕には子どもはいないんですけど、『自分と他者とで違っていること』と『違わないこと』っていうのを、次の世代、この先の未来の子どもにどう回していくのかということにも興味があるので。そのあたりにも疑問を持ってもらえるといいですね。

今回は、前々から俳優に、「右手と他のからだを分けろ」っていうことをやってもらったり、逆に「相手役と自分を分けるな」っていうのをやってもらったり、「横浜と川崎の違いは何か?」とか「土地の連続性について考える」みたいなこともやっています。うまく言えないんですけど、今回の作品はそういうことがうまくつながる作品だなと思うので…

観客にはどのように見て欲しいと思っていますか?
芝居を見て考えて欲しいというよりは、見ている人を混乱させたいというか、「ん?」となるほうがいいなって。見て『面白かった』じゃなくて『面白かったのか?』って。僕は「面白い」とか「面白くない」ということにはあまり興味がなくて…。というのは、「面白い」と思うということは、それぞれの人がすでにもっている範疇でものが語られてしまうと思うからなんです。自分が今まで知っているものの中から面白いもの、面白くないものを感じているのだとすれば、上演するほうは何かに気付いていて、観客は気付いてないという想定のもとでやらなければならないなと思うんです。
神里さんが横浜市内でよく行かれるところはありますか?
行くというか、通るだけならあざみ野です。自転車で行ける距離なので…。よく行くところは、急な坂スタジオですね。川崎の人間なので横浜に対して劣等感というか、コンプレックスがあるんですね。それからアクセスが良くないこともあって…。ちょっと前までは、横浜駅も嫌いだったんです。横浜の人たちに対しても、話したこともないのに『この人たちはプライドが高いなぁ』というイメージがあって、すましてていけすかないって感じだったんです。でも、来るようになったら、意外といいところだなって思いますね。横浜といえば、気合いを入れて行くところだったんですけど、今は気軽に来れるところになっています。もっとアクセスが良ければ…地下鉄が新百合ヶ丘まで伸びてくれたらいいなと思っています。あとは、桜木町とか日ノ出町とかの雰囲気は嫌いじゃないんですけど、これからはもうちょっと桜木町の向こう側の、みなとみらいのほうに慣れたいなと。それで、そっちのほうでも作品をやれるようになりたいなと思います。

2010年10月28日 横浜にぎわい座にて