情報誌

6 月号/ 2011

インタビュー「山崎有一郎 さん」

11.06.03

横浜能楽堂 館長 山崎有一郎さん

横浜能楽堂 館長

山崎有一郎 氏



YAMASAKI YUUICHIROU

プロフィール

1913年生まれ。父は能楽研究家・建築家の山崎樂堂。

能楽評論家として、また1996年の横浜能楽堂開館以来、館長として活躍。芸術選奨古典藝術部門選考委員長、芸術祭能楽部門審査委員長、国立能楽堂設立準備委員などを歴任。

著作に「昭和能楽黄金期」など。97年NHK地域放送文化賞受賞、04年文化庁長官表彰受賞、07年松尾芸能賞特別賞受賞。


(イベント情報)

横浜能楽堂開館15周年・山崎有一郎館長白壽記念企画公演

「祝いの型 江戸と首里」


第1日「江戸の祝い」

平成23年6月18日(土)14:00開演(13:00開場)

第2日「首里の祝い」

平成23年6月19日(日)14:00開演(13:00開場)

◆会場:横浜能楽堂

◆お問い合わせ:横浜能楽堂 045-263-3055

「翁」 観世喜之



「翁」 観世喜之

老人踊「かぎやで風」 島袋光晴 宮城能鳳



老人踊「かぎやで風」 島袋光晴 宮城能鳳




横浜能楽堂開館15周年特別展

厚板 鱗地雲気輪宝矢立文様 段変り
霞に松枝垂桜文様紅型



上:厚板 鱗地雲気輪宝矢立文様 段変り

下:霞に松枝垂桜文様紅型

江戸幕府と琉球王国、それぞれの「式楽」として発展を遂げた「能楽」と「琉球古典舞踊・組踊」。それらを上演する際に欠かすことのできなかった装束には、日本・琉球それぞれの美意識が表現されていました。

今回の特別展では、展示期間の前期に、江戸期の能装束の復元に取り組む山口憲氏が製作した能装束を、後期に、琉球王朝時代から紅型染めで王府に仕えてきた城間家の栄喜氏・栄順氏2代の踊衣装・紅型幕が展示されます。

古典芸能を華やかに彩る装束の美に触れる貴重なチャンス!前・後半とも必見です。

◆会 期◆

<前 期>2011年4月16日(土)〜6月18日(土)

横浜能楽堂特別展「祝いの色と文様 - 山口憲の能装束」

<後 期>2011年6月19日(日)〜8月21日(日)

横浜能楽堂特別展「祝いの色と文様 - 城間栄喜・栄順の琉球舞踊衣裳 」

◆時 間:9時~20時(前期・後期とも)

◆休館日:5月9日、5月16日、6月13日、6月20日、7月4日、7月11日、8月15日

◆会 場:横浜能楽堂 二階展示廊

◆料 金:無料

(但し、有料の催しがある時は、チケットをお持ちの方のみご入場いただけます。)

◆お問い合わせ:横浜能楽堂




疑問をもつことはいいことだと思います


館長は、10年ほど前から新潟で能楽基礎講座「教えて!能楽ハカセ」を開催されていますね。一般の方から質問を受けられるコーナーがあるとお聞きしたのですが。
能楽基礎講座は、NHKで永く古典芸能専門のアナウンサーとして活躍した葛西聖司さんと開催しています。一般の方の質問に答えていくという形式で、ふたりの掛け合いが漫才のように展開していくんですが、わりと好評なんです。

質問は事前に募集してあるんです。それで、その中からいくつかをピックアップして、それを彼が読んで僕が答える…。その形式がお客さんから好評なんです。

地方では特に、「能は非常に堅苦しいもの」という位置づけになっているんです。観に行くときも、みんな特別に着飾っていく。なので、「気楽に見られますよ」ということをまず前提にして話をするんです。するとだんだん興味を持ってもらえて「それじゃ、見に行こうかな」ってことになるんです。この講座では、そういう地ならしをやっているんです。おかげさまで満席で、何回もいらっしゃる方もいるし…。ただ、そういう方が全員、能を見るかというと、そうじゃなくて能は見ないけど講座だけを聞きに来るという方もいっぱいいます。
どのような質問が多いですか?
内容に触れたことではなくてね「なぜ能舞台に背景がないか?」とか「全部、白木なのはなぜか?」とか「どうして舞台に松が描いてあるのか?」とか「舞台が額縁でなくて、なぜ橋渡しになっているのか?」とか、舞台の前に階(「キザハシ」)っていう段が3段くらいあるんですが「何であんなものがあるの?」とか、能の内容以外の質問が多く寄せられます。
素朴な疑問が多いんですね。
そうですね。でも、疑問をもつことはいいことだと思いますよ。それは、そのことに関心が出てきた…ということになるわけだから。
どんなに素朴な疑問でもお答えいただけるのでしょうか?
もちろん!
それを細かく説明していくんです。そのあたりの進行は、葛西さんがうまく運んでくれるんです。そういうことがきっかけで「じゃあ、能を見てみようか?」って興味を持つ人も出てくるだろうし、興味を持った人が一人いれば、次に来るときにお友達を連れてくるじゃないですか。そしたらふたりになる。その人たちが友達を連れてくると今度は4人になる。だから、そういうことって大切なんですね。見る人を増やさなければ何にもならないんです。
日本には、70近くの能楽堂があると聞いています。その中で他にはない、横浜能楽堂ならではの魅力とは?
横浜能楽堂は、能楽堂そのものが名物と言っていいですよ。明治維新の前に藩主を退いていた前田斉泰公を慰めるため、東京・根岸に隠居が設けられたのですが、能舞台は、その一角に建てられたものです。これだけ古い能舞台が、日常的に使われているっていうのは、なかなかないですよ。舞台がそのまま使われているってことは舞台が「生きている」っていうことですからね。「檜舞台」と言われるように、舞台っていうのは、たいてい総檜で作られているんですね。ところがうちの舞台は、床などは檜ですが、樅の木をたくさん使っているんです。そこが特徴の一つですね。その後、東京・駒込にあった讃岐松平邸の一角に移築されるのですが、その時、※蟇股(かえるまた)が、松葉の形に作り変えられました。この移築に当たって設計を担当したのは私の父・静太郎(楽堂)なのですが、幼稚園児だった私も、父の弁当を持って一緒に通ったものです。90年以上も前の話です(笑)。

※蟇股(かえるまた)とは

寺社建築物や能舞台等の梁の上に置いた受け木。カエルのまたを開いた様な形で、装飾的に彫刻されている。


横浜能楽堂



写真:横浜能楽堂


「横浜能楽堂」

本舞台は旧染井能舞台として長く親しまれてきた能舞台を復原したものです。

この舞台は明治8年(1875年)東京・根岸の旧加賀藩主前田斉泰(なりやす) 邸に建てられ、

後に東京・染井の松平頼寿(よりなが)邸に移築されて昭和40年まで広く利用されてきました。

関東地方現存最古の舞台で、全国的に見ても8 番目に古く、建築史上、能楽史上貴重なものです。


舞台が作られるまでにそんなストーリーがあったんですね。
そうなんです。

能楽堂の舞台は、ここに来る前には、東京の根岸から移築されて染井にあったんですよ。
駒込駅の近くです。移築された時に、楽屋は全て茶室としても使えるように作り変えられたんです。能の楽屋は、シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方4つあるわけですが、その一つひとつに炉を切って、茶室として使えるようにして…。実は、移築の時の設計はうちの父がやったんです。
能というのは、一期一会のもんでね、普通の芝居のように連日公演するものではないので、舞台を使わない時間のほうが長いんです。その期間をどのように使うかが大事なことなんですね。それで、楽屋をひとつひとつ独立した茶室にするというアイデアが浮かんだんでしょうね。

みんなの気持ちが変わってくるんです


横浜能楽堂は開館15周年を迎えられましたね。横浜能楽堂は、横浜市民にとってどのような存在になっていると思われますか?
横浜という場所は、実は、能と不釣合いなところだと思うんです。

横浜の人、ハマっ子っていうのは、新しいものにはどんどん飛びついてくるけど、あまり昔を振り返ることをしない。新しいものには興味を持っているけど、古いものに関してはあまり関心がないんですね。でも、それが横浜なんです。

横浜能楽堂では、古いものを新しくみせるような工夫をしていきたいですね。
そのことによって、横浜の人もついてくる。古いものを古いようにやっていたらだめなんだよ。新しい方法で見せないとね。中身は古いですよ。でも見せ方が新しい方法でないと、人も興味を持ってくれないですね。
古いものを新しく見せる…なかなか難しいですね。
でも、はじめは「何なの??」って言っていたような方々が、能楽堂の支持者になっていただいています。それは、職員ひとりひとりの努力のおかげです。
能は緊張感のある芸能ですね。
おおげさに言えば、能は、礼が紋付・袴をはいてやっているようなものなんです。

それを面白く一般の人にも、面白くわからせるようにするのが「芸」なんですね。

だから、すべてきちっとする、舞台に出てくるときも、ちゃんとすり足で出てくるでしょ。
そして、きちんと座る。後見なんていうのは真正面向いてるでしょ。

あれは、演技者より大変。座ったら、全然動きませんからね。それが能の芸なんですね。
どんな短いものでも1時間15分から20分くらいありますからね。

その間、座って動かないっていうのは芸ですからね。

私も驚きました。「後見」の文字通りで後ろからじっと身動きせずにいらっしゃいました。
目も動かしちゃいけないんですよ。目を動かしたらすぐにわかりますからね。真正面以外に目をやるならば、からだを動かしてそれと同時に見なきゃいけない。
基本が失われていくと、能そのものも失われてしまうことになってしまいますね。
やはり基本は大切なんですね。
そのとおりです。基本は大切です。礼儀もものすごく大切なんです。

例えば能楽堂で、何年か、いや、半年でも働くとわかると思いますよ。

礼儀を身に着けることは、他の場所に行っても役に立つ。それは、人間を育てることだと思うのね。能楽堂では、職員は座って挨拶をします。相手の役者もみんなそうですから。
僕は「紋付と袴をはいている人がいたら、どんな方でも座っておじぎをしなさい」と言っているんです。

そうすることによって、気持ちが変わってきますよね。そういうふうに挨拶をされると、役者たちも職員に対する態度や、お客様に接する気持ちが変わってくる。みんなの気持ちが変わってくるんです。

わかろうとしないで、感じてください ~能楽を楽しむコツとは~


能を初めて見た方が「よくわからなかった」とおっしゃるのを耳にします。それに対してどう思われますか?
初めて見た方は、そうなるでしょうね。でもね、能そのものを理解する必要はないんです。私はよく『能を感じてください』って、言っているんです。例えば、西洋音楽を聴くとしますよね。

あれは、すべて理解していますか?
いいえ、ただ聴いているだけです。
快く感じているだけでしょ。

だから僕は「能を感じなさい」って言うの。能の場合には、ストーリーがあるから、どうしてもそれをわかろう、理解しようとするの。もちろん、内容がわかればいいですよ。それに越したことはないです。でも、わからなくて当たり前。

もともと能は、非常に不合理なもので、現代の演劇やドラマと違って、理屈に合わない配役や、矛盾したストーリーが展開されるんです。だから、能を理解するにはちょっと時間がかかるんですね。でも、わからなくても、感じることは感じるじゃない?音が聞こえたりすると、まず感じる。感じてよかったと思えばそれでいいんです。

僕はよく言うんだけど、何かを食べて「おいしいな」というのは、誰でも感じるでしょ。
でも、「なぜおいしいのか?」「これはいったいどういった材料で作られているのか?」「グルタミン酸が入っているから美味しいのか?」と、そこまでは考えていないでしょ。
それと同じなんです。だから、能を見て「いいなぁ」と感じればそれでいい。「それはなぜか?」というような分析は必要ないんじゃない。

確かに「おいしい」は「おいしい」。それだけです。
五感に訴えて、その人が感じるか感じないかの問題なんですね。理解するっていうのは、その次の問題。音楽を聴いたり、能を観たりして、なぜ快いと思うのか…それがなぜなのかを追求するのは、研究の段階ですよね。能なんか研究するもんじゃなくて、見て良かったらそれでいいんじゃない。
そうおっしゃっていただけると気が楽になります。
例えば、オーケストラを聴きにいくじゃない。

コンサートが終わって「良かったなぁ」と帰っていきますよね。それは、どこがどうだったからという明確な理由があるからではないですよね。

能も同じなんです。どうして能のときにだけ、違う見方をしてしまうんでしょう?「能なんかわからない」と言ったら、インテリじゃないと思われそうで、何とか理解しよう理解しようと思うんでしょうね。だから、余計わからなくなってしまうんでしょうね。それはもったいないですね。

わかろうとしないで感じてください。素直に受け止めてください。僕はそう言いたいんですね。
能を楽しめそうな気がしてきました。
感じればいいんですよ。

だから、そのことをみなさんにわかっていただければね。西洋音楽を聴いていいなと思うんだから、能を見てもっといいなと思うはずですよ。なぜなら、自分たちの中に日本が流れているから。

鼓の音や笛の音は、自分たちの親、おじいさん、おばあさん、先祖が聴いてきた楽器ですからね。聴くと胸のあたりがジーンとしますよ。


3月10日(木)横浜能楽堂にて