情報誌

8 月号/ 2011

インタビュー「現代美術アーティスト ジュン・グエン=ハツシバ さん」

12.04.09

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現代美術アーティスト

ジュン・グエン=ハツシバ 氏



JUN NGUYEN-HATSUSHIBA

プロフィール

1968年東京生まれ。

日本人の母、ベトナム人の父との間に生まれた。幼少時代を日本で過ごし、その後アメリカで美術教育を受け、現在はベトナム・ホーチミンを拠点に制作活動を行っている。2001年の第1回展に続き「ヨコハマトリエンナーレ2011」に参加、[Breathing is Free: JAPAN, Hopes & Recovery]を出品する。


(イベント情報)

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- 会期 -

2011年8月6日(土)~11月6日(日)11時~18時

※入場は17時30分まで


- 休場日 ー

8~9月の毎週木曜日、10月13(木)、10月27日(木)


- 会場 -

メイン会場→横浜美術館・日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)、

特別連携プログラム会場→新港ピア、黄金町エリア


- チケット -

1,200円(当日1,600円)

大学生・専門学校生:700円(当日1,000円)

高校生300円(当日600円)

【特別連携セット券】
1,400円(当日1,800円)

大学生・専門学校生:900円(当日1,200円)

高校生400円(当日700円)

【特別連携セット券】とは

メイン会場(横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫のほかに、「BankArt Life Ⅲ」(新港ピア)、「黄金町バザール2011」(黄金町エリア)で開催予定の特別連携プログラムも鑑賞できるお得なチケット。


チケットの詳細はコチラ

 



 

走ることで作品をつくる意味


[Breathing is Free : 12,756.3]というタイトルのプロジェクト型の作品に取り組んでいるそうですが、どんなプロジェクトなんですか?
世界の難民のためのメモリアル・プロジェクトです。

12,756.3kmという距離を走り、その走った軌跡から地図上にドローイングを描くという、壮大なプロジェクトです。この数字、なんだと思います?

…地球の直径なんです。地球の反対側という「一番遠い場所」にたどり着くための「最短の方法」という意味合いです。難民が反対側へと、こちらではなく向こう側へと逃げなければならないことの比喩でもあります。この距離を実際に走るという肉体的な体験を通して、難民の人々の肉体的、精神的苦痛やさまざまな感情に近づきたいと思い、スタートしたプロジェクトです。
今回の横浜でのランニングを終えると、3,000キロを達成できているかと思います。でも、ゴールまではまだまだありますね。
では、ゴールはどこで迎えるのですか?
特定の場所を決めているわけではありません。

どこになるかはわかりませんし、大切ではないのです。数字を達成したところがゴールです。出発はスイスのジュネーブでした。
アート作品をつくるのに、走るという行為はどうして大事なのですか?
「走る」ことは何かから「逃げる」という難民の体験の比喩でもあります。難民の人々の状況や感情を肉体的に精神的に体験することに意味があるんです。

被災された方々に捧げる作品


「ヨコハマトリエンナーレ2011」に参加されますね。
二度目の参加はとても光栄です。最初が2001年でしたから、10年の年月を経ての二度目の参加です。最初の横浜トリエンナーレでアーティストとして発掘してもらえたおかげで、その後世界での活動が広がりました。もう一度招いていただいたことを嬉しく思い、意義を感じています。
[Breathing is Free : JAPAN, Hopes & Recovery]という作品はどんなものですか?
先ほどお話しした[Breathing is Free : 12,756.3]という大きなランニング・プロジェクトの一部を成しています。
当初はトリエンナーレのオープンが8月6日なので、原爆記念日に原爆犠牲者に捧げようという別の作品を考えていたのですが、東日本大震災の報に接して、東北の被災された方々に捧げる作品にしようと決心しました。
即座に変更しようと思ったわけではなかったのですが、震災復興のためにとサブプロジェクトを制作しているうちにその構想がどんどん大きくなって行き、サブではなくメインにしようと決断したのです。震災直後にホーチミンの街でGPS装置を身に付けて走り始め、横浜の街もあちこち走りました。



Jun NGUYEN-HATSUSHIBA《Breathing is Free:JAPAN, Hopes & Recovery》2011 Photo: Nguyen Tuan Dat / Nguyen Ton Hung Truong Courtesy the artist and Mizuma Art Gallery

桜の花に思いを託して

走ることがどうやって桜の花になるのですか?
このランニング・プロジェクトの行程をお話ししましょう。

まずは地図で街の地形を眺めるところから作品の構想がスタートします。
今回はホーチミン市内の地図を調べました。そこに桜の花を描くことを考えて、地図上にラインを描きます。そして、GPS装置を身につけて、その線の通りに走るのです。この装置に蓄積されたランニング・データをコンピュータに取り込んで、コンピュータ上にその軌跡を示します。そうすると桜の花がドローイングとなって表われてくる、という仕組みです。

当初はホーチミン市内だけを走って桜の花を描くつもりだったのですが、横浜の地図を見て、横浜の道を重ね合わせるともっとたくさんの桜の花が描けると考えました。ホーチミン市内を流れる大きな川の本流を桜の樹の幹の部分に見立てて、その川の支流を枝の部分に見立てています。ホーチミンと横浜を重ね合わせるということにも意味が出てきました。



Jun NGUYEN-HATSUSHIBA《Breathing is Free: 12,756.3 – Chicago Microscope (A Selfportrait),88.5km 》2010 Courtesy the artist and Mizuma Art Gallery

どうして桜の花なのですか?
震災後、ホーチミン市内を走り出したのは、ちょうど本来なら日本ではみんなが花見を楽しむころでした。桜の花が象徴するのは、新しい季節の始まりです。再生への期待と新しい変化を迎える決意、平和への祈りを託しました。
おひとりで走ったのですか?
ホーチミンでは僕のアシスタント、その前のアシスタント、また友人にも走ってもらいました。横浜では、多くの一般の方に参加してもらいました。

僕の作品の趣旨に賛同していただける方を募集して、僕の描いたルートを、GPS装置を身に付けて走ってもらいました。大勢の方が参加してくださり、感激しています。被災した方への思いを共有できたと思います。この制作の過程はFacebookで見ることができます。
ヨコハマトリエンナーレの会場ではどんな作品として出会えるのですか?
満開の花が咲きこぼれる桜の樹の映像がスクリーンに映し出されます。
作品が走ることによってつくられたことはどうしてわかるのですか?
ホーチミン市内と横浜市内を実際に人々が走っている姿を写真か映像で並べて見せることによって、作品がどうやってつくられたかわかるようにしたいと思っています。

横浜、日本、アイデンティティ

横浜の街を実際に走ってみていかがでしたか?
何かを見つけようとして走るわけではないのですが、何気なく感じたことを後から意識化することもあるかもしれません。走ることは、足のぐあいはどうか、体調はどうかを常に自分に問いかけることになるので、自分自身のことをより深く知る機会になっています。
普段の訓練は?
普段は特に何もしませんが、作品のために走り出す前には、準備をします。準備を怠けると辛い目にあいますからね。
ハツシバさんにとって日本はどういう場所なんですか?
母が日本人ですし、小さい頃に日本で暮らした思い出がありますが、日本に来るたびに「日本人にはなりきれない自分」を感じます。
そうするとアイデンティティはどこに置いているのですか?
どこかに明確にアイデンティティを持つ必要そのものを感じていません。時に日本人、あるいはベトナム人、あるときはアメリカ人と見られますが、その時々の身の置き場によるのでそれでかまわないと思っています。

国籍は、僕にとってあまり重要ではありません。アイデンティティは「人間」でいい。人類か地球外生命体というジャンル分けをしたら人類ということになる、その程度でいいのじゃないかな。人類というカテゴリーから見れば、国籍の問題など小さなことに思えてきます。カテゴリー自体だってもっと拡張して考えて行けば、生物かそうでないかで分けることもできて、人類も地球外生命体も今度は同じ仲間となるわけですよね。

父との約束

アーティストになったのはなぜですか?
そもそもアーティストになると決めたのは父との約束でした。

父は工学系の技術者でした。親同士の会話などで子どもの話になるたびに、自分の息子が医者や弁護士になるのではなく、芸術を勉強していることにちょっと居心地が悪かったようなのです。父がそう感じていることに、僕自身も居心地の悪さを感じていたので、芸術を目指しているのならば、ちゃんとアーティストになると約束をしたのです。
アーティストとはどんな職業ですか?
医者であれば医学を、弁護士であれば法律を、常々研究し、調査し、実践して生活するのでしょうから、アーティストも自分の領分を極めて研究していくものだと思います。
勤勉なるアーティストに聞こえますが。
それぞれが専門領域に真剣に取り組むべきだと思っています。アーティストもそうです。
お父様は満足されていますか?
二年前に亡くなったのですが、生前に僕のことを自慢してくれることもあったようなので、父の誇りとなるという約束は果たせたのではないかと思います。

生まれ変わったら


何がアーティストとして生きることへと導いたのでしょうか?
高校を卒業したころに仏教の教えに出会い、人生を生きる意味がわかるようになったと思います。別に仏教でなくてもよかったのです。なにか生きるための指針になるもの、原理原則と出会うことが大切でした。
どんな原則ですか?
仏教の根本的考え方である、輪廻の思想が僕にとっては非常に重要です。

いま生きている生は前世と関係し、また次の生まれ変わりにも影響するという、すべての生がつながっているという考え方が、自分にとっての重要な考え方となっています。現実にはその通りに厳密に従って生活するというのは難しいのですが。
前世はなんだったのですか?
人間であったとは思いますがなんだったでしょうか?
次の生まれ変わりはわかっているんですけどね。父ともうひとつの約束をしたんです。父と僕の人生を交換して生きてみようと。父が僕の体験をしてみたいと望んだからです。僕も父の人生を生きてみたいと願っています。
2011年5月18 日横浜美術館にて