情報誌

12 月号/ 2011

インタビュー「画家 松井冬子さん」

12.04.09

松井冬子250.jpg
                   撮影 中川真人

画家
松井冬子 氏

FUYUKO MATSUI

プロフィール

1974年、静岡県森町出身。東京藝術大学美術学部入学、同大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻日本画研究領域修了。女性としては東京藝術大学史上初の日本画専攻での博士号取得者となった。12月17日より横浜美術館において「松井冬子展―世界中の子と友達になれる―」を開催する。



(イベント情報)

松井冬子展―世界中の子と友達になれる―

会期:2011年12月17日(土曜)~2012年3月18日(日曜)
開館時間:10時~18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週木曜日、12月29日(木曜)~1月3日(火曜)
会場:横浜美術館


◆観覧料:
一般 1,100円(1,000円)
大学・高校生 700円(600円)
中学生 400円(300円)
小学生以下無料
※(  )内は前売
[横浜美術館ミュージアムショップ及びセブン-イレブン店内のマルチコピー機「セブンチケット」(セブンコード:013-452)にて12月16日(金曜)まで販売]、
ならびに有料20名様以上の団体料金[会場でのみ販売、要事前予約]。
※ 毎週土曜日は、高校生以下無料(要生徒手帳、学生証)。
※ 障がい者手帳をお持ちの方と介護の方(1名)は無料。
※ 本展チケットで観覧日当日に限り横浜美術館コレクション展もご覧いただけます。
※ リピーター割引:観覧済みの当館企画展(ヨコハマトリエンナーレ2011も含む)の有料チケットをご提示いただくと、団体料金でご覧いただけます。(ご観覧された展覧会の最終日から1年間、1名様1回限り有効)。

◆お問い合わせ:
横浜美術館
045-221-0300

松井冬子展 チラシ.jpg

芸術家になりたい

今回の展覧会は「世界中の子と友達になれる」と題した個展ですが、松井さんご自身はどんな子どもだったのですか?
 父は会社員で、母は茶道教授でした。父方の祖父が美学を学び、母方の祖父が油絵を趣味で嗜んでいたくらいで、特に芸術に身近な家庭環境というわけではありませんでした。
 でも子どものころ、4、5歳ころからでしょうか、絵を夢中になって描いていました。小学校一・二年生ころだったか、「かぐや姫」を克明に描いて満足したのを覚えています。着物の十二単のグラデーションがうまくいった、という満足感を味わったのは、絵の楽しさを初めて知った経験でしたね。「かぐや姫」という日本の題材なのは自分でも驚きますが、たまたまのことで、昔話や童話を聞かされていたせいだと思います。
おじいさまの影響はありましたか?
 父方の祖父は哲学科の美学を修めた人で、夏休みなどに時々会いました。高校生のころに私が絵を目指していると言うと、祖父はレッシングの著書の『ラオコオン』を読んだかと聞きました。読んでないと知るとすぐに岩波書店に電話して取り寄せ、自分で先に読んで要所に線を引いてから、それを私にくれました。結局、この『ラオコオン』は私の指針の書となり、藝大の博士論文の中でも取り上げました。いろいろなことを学んだ、私の一番のお薦めの書です。
 そうそう、今回の展覧会で、この博士論文「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」を会場と講演で紹介する予定です。
いつごろから画家になろうと思い始めたのですか?
 小学校4年生の時に学校の図書室の入り口付近に「モナ・リザ」の複製が飾ってありました。薄暗い廊下の隅で、笑顔を浮かべてどこから見ても自分と目が合う、と毎日気になっていました。それがレオナルド・ダ・ヴィンチという人の絵だと知り、画集を見て、「レオナルドのようになりたい」と思うようになりました。
 もともと絵を描くのは好きでしたから。他の画家の画集も見ているうちに、ピカソってすごい、芸術家ってすごいと思ったのです。母に「芸術家になりたい」と言いましたら、「では藝大を目指したら」というのが母の答えでした。本人は「そんなこと言ったかしら」と全然覚えていないのですが、私はその気になってしまったのです。
 その後、高校の進路相談の時に担任の先生にも藝大は無理だと笑われました。でも、「芸術家になりたい」という夢をあきらめずに追いかけ、レオナルド・ダ・ヴィンチやピカソがもし藝大を受けたら受からないわけがない、だから芸術家だったら必ず通る道だ、ステップのひとつだと思い込んで藝大を受け続けました。

「日本画」へのこだわり

油絵から日本画に転向されたのですよね?どうしてですか?
 油絵を学んでいたときに、いろいろな作品を猛勉強して、油絵は見尽くしたかと思い、日本画のほうにふと目を向けました。長谷川等伯など見ているうちに、日本美術の素晴らしさを再確認し、この分野を追求するべきだと思いました。日本画のすごさに気づくのが遅れたのは、日本の美術教育が西洋美術偏重だったせいもあると思います。美術の教科書にはゴッホや印象派は大量に紹介されていますが、日本画のことがあまり触れられていませんでした。美術と言えば油絵だと洗脳されてしまったようですね。
 家にはふすま絵があったり掛け軸があったりと身近に日本画があったはずなのに、それらの存在を再認識したのは、ようやく22歳になってからでした。気がついてみると、「日本画は最強かもしれない」というひらめきがあって、すぐに日本画に転向しました。
日本画のどこにぴんときたのですか?
 油絵と日本画ではものの見方、考え方が全くちがいます。
たとえば油絵でリンゴを描くとするなら、画面構成の中でどこにリンゴを置くのか、青い色を持って来てリンゴを違う形で表現して見せるのか、というように、作品のコンセプト、画面構成や色面やセンスを重視します。一方、日本画ではものをよく見たうえで、どれだけ徹底して描けるかの訓練をします。リンゴを描くなら、そのリンゴの産地はどこで種類は何か、中身は甘いかどうか、これからどんどん腐って行くのかどうか、リンゴのまわりの状況は空なのか室内なのかといったように、リンゴそのものの存在とリンゴのおかれた状況を、蟻が這うように見て描き抜く。リンゴを見て描くのだけれども、見えない味や腐った中身など、モノの質感、形、色をしっかりと追求し、見る目を鍛えるというのが日本画の考え方なんです。
 もちろん私は絵を描く上でどちらも大切なことだと思っています。油絵を勉強してよかったこともたくさんありますし、日本画を学んでわかったことも多くあります。両方学んだことで、さらに充実しました。
日本画の技法も合っていたのですか?
 日本画の技法、描き方については今でも合わなくて苦労することもあります。
 光と陰で描く油絵の方法に対し、日本画は、質感と色で描いて、輪郭線を使います。実際にはものに輪郭線はありませんが、平面的に縁取ることをします。
 そういう油絵の技法と日本画の技法がちょうどよく収まってうまく解決できたと思っているのが、《夜盲症》です。日本画では顔を線だけで描いて輪郭線で縁取らなくてはならないのですけれども、陰影をつけて、この作品では、油絵の明暗で捉えた描き方になっています。
 また、日本画は小下図、下図、大下図をつくって「本画」を仕上げるのが大事な過程とされていて、その過程で熟考するためにも、升目を使って縮尺を変えて、手で写すことが大切だとされています。でもその了解を逆手にとり、あえてコピー機を使って左右や天地の比率をいじることによって、平面的に見えるようにしてみました。つまり、陰影による西洋的な描き方をしながらも、日本的な平面性をつくりだすことで、自分の技法としてのバランスがとれたように思います。
日本画としてのこだわりはどこにあるのですか?
 私は日本画古来の絹本着彩という方法で描いています。かつて日本画は、薄い絹の上に薄い絵の具で描かれていたのですが、戦後、雲肌麻紙と呼ばれる紙に絵具を厚く塗るのが主流になっていきました。薄い絹に薄く描くのは古いと言われたのですが、私にとっては、ずっとしたかったことでしたので貫きました。岩絵具も白(ビャク)と呼ばれる最も細かい粒子のものを使います。日本画の技法で描くことはたいへん手間がかかって難しいので、まだまだ修業中です。
 しかし私の作品は、技法は伝統的な日本画で、コンセプトが現代美術ですので、それについては自分の目指している方向と合っていると納得していますね。

「世界中の子と友達になれる」

今回の展覧会の副題は松井さんの作品のタイトルからとったものですが、どのような意味があるのですか?
  「世界中の子と友達になれる」というタイトルの意味は、「あり得ないこと」を信じている矛盾のようなものですね。
私は静岡県の森町という山のほうの田舎育ちだったものですから、子どものころは友達と遊ぶのがほんとうに楽しくて、たくさんの友達がいて、この勢いで行けば大きくなったらきっと世界中の子と友達になれる、と本気で信じていたんです。でも成長するにつれ、そんなことはあり得ないということがわかってくる、その物悲しさがあります。それに現実には大人になったら友達なんてひとりもいないと感じることもある、けれど大人の人間として社会生活を平気で営んで行く。そういう矛盾した状況を表わしたかった。つまり、あり得ない言葉、「狂気」にも近い言葉ということですね。
この作品、一見、とても美しい作品ですが、よく見ると赤ちゃんのいない揺りかごなどが描かれていて、とても不気味ですね。
 そうですね。「人間の狂気を描こう」というコンセプトが最初にありました。まず「狂気」というコンセプトがあって、描いていくうちにどう表現するのか、細部が決まっていきました。
「狂気」「内臓」「死体」など怖いものがよく描かれていますが、お好きなんですか?
 グロテスクなものが好きなんですね、とよく言われますが、描く対象をグロテスクだと思っていません。人間というものは開いたら内臓が出てくるものなのだから、現実、事実ですね。恐ろしいとか、怖い、というのとは別の感情であって、真実を見つめる気持ちで描いています。「狂気」というのも人間にとっての真実です。

「病」と向き合う

今度の展覧会で出会える作品はどのようなものですか?
 鎌倉時代の日本画に「九相図」という人間の身体の腐敗していく様を九段階に分けて描いた作品があるのですが、私は現代の「九相図」を描こうと思い、2004年から取り組んでいます。《浄相の持続(じょうそうのじぞく)》が2004年に、《成灰の裂目(じょうけのさけめ)》が2006年に完成しています。今回はあと三点作りたいと思っています。死体が朽ちていく過程の計五点が並ぶはずです。五点の作品が並ぶことによって現代の「九相図」を自分でも問い直すことができるのではないかと楽しみに思っています。単に死体が腐敗していく状態を描いているのではなくて、現代の「病」を描いているつもりです。
そこから感じてほしいテーマはなんですか?
 私の作品をどう考えるかは人それぞれですから、どう捉えていただいてもいいのですが、現代の日本の「病」についてなにか感じてもらえるのではないかと思います。あるいは、「厄払い」として見てくれてもいいですね。私の作品の中の人物が痛みを引き受けてくれているから自分は自分を傷つけないで済む、というような身代わりや厄払いとしての見方もあるのではと思います。
 たとえば私の作品に「幽霊画」がありますが、実は幽霊画は日本画のカテゴリー外の庶民の文化で、江戸時代には幽霊画を一家に一巻持っていました。主人の留守中にかけておけば泥棒が入ってこないという厄よけの意味を持っていたようです。現代ふうに解釈すると、私の絵を見てくれて自殺を思いとどまるという可能性もあるかもしれない、とも思います。
 人それぞれ個々にちがうように感じてくれてかまわない、けれどもどこか同じ感覚を共有できる、その往還を愉しんでもらえれば嬉しいです。
2011年9月16日横浜美術館にて